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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)542号 判決

上告人

宮島栄美子

右訴訟代理人

前波實

被上告人

株式会社

中野工業社

右代表者

中野善之助

右訴訟代理人

大橋茹

主文

原判決中被上告人の上告人に対する本訴請求を認容した部分を破棄する。

前項の部分に関する被上告人の控訴を棄却する。

訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人前波實の上告理由第一点について

原判決は、(1) 上告人は、昭和四七年六月一二日訴外太田秋子に対し自己の経営する「クラブゆず」の店舗の賃借権、敷金返還請求権、電話加入権、営業権及び右店舗内に備え置かれてあつた本件動産を、代金は五〇〇万円、そのうち一〇〇万円を即時支払い、残金四〇〇万円は毎月二〇万円宛分割して支払う旨の約定で売渡す旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を結んだ、(2) しかし、本件売買契約には、売買の目的である賃借権等及び本件動産の所有権は太田が代金を完済するまで売主である上告人に留保する旨の特約が付されていた、(3) ところが、太田は、昭和四八年一月二七日未だ右代金を完済していなかつたにもかかわらず被上告人に対し本件動産を譲渡担保に供する旨を約して、被上告人から三〇〇万円を借り受けた、(4) その際被上告人は、占有改定により本件動産の占有権を取得したにすぎなかつた、(5) その後太田は、代金の分割払を怠るようになり、昭和四九年五月九日当時その未払残代金は一二〇万円にのぼつていたところ、被上告人は、同日上告人に対し電話で、太田から本件動産を担保にとつている者だがもし太田に残債務があれば被上告人が支払うので知らせてほしいと申し入れ回答を得たので、更に上告人に対し被上告人が太田に右残債務の額を確認してくるまでの間売買の目的である賃借権等及び本件動産の処分を猶予するよう要請したところ、上告人はこれに応じるかのような態度を示した、(6)しかし上告人は、約束を破れば損害賠償責任を負うという法的意味を有するような約束をしたものではない、(7) 上告人は、昭和四九年五月一〇日被上告人になんら通知することなく訴外大坂甚作に対し、前記売買の目的である賃借権等及び本件動産を代金一五〇万円で売渡し、本件動産につきその現実の引渡を了した。そのため、被上告人が太田から残債務額を聞いたうえ同月一六日に上告人に対しこれを支払う旨申し入れたにもかかわらず、被上告人は本件動産につき譲渡担保権を取得することができなくなつた、以上の事実を認定したうえ、被上告人は太田が本件動産につき所有権を取得することを条件として譲渡担保権を取得できる地位にあつたものでその地位は法律上の保護に価するものであり、上告人が本件動産等の処分の猶予を求める要請に応じるかのような態度を示しながら、これに反して処分した行為は権利の濫用であり、不法行為責任を免れず、被上告人に対しその喪失した譲渡担保権相当の損害を賠償すべきであるとして、被上告人の請求を一部認容している。

しかしながら、原審の適法に確定したところによつて上告人と被上告人間の法律関係をみると、上告人は買主である太田が代金の分割払を怠つたため本件売買契約の目的である賃借権等及び本件動産を何時でも他に処分することができる権利を有していたのに対し、被上告人は上告人が右の処分をする前に残代金を提供しなければ上告人に対し本件動産についての譲渡担保権を主張できない立場にあつたことが明らかであるが、更に原審の認定するところによると、被上告人が上告人に右の処分を暫く猶予するよう要請したのに対し、上告人はこれに応じるかのような態度を示したものの、猶予する旨を約束するまでには至らなかつたというのであるから、上告人と被上告人間の前記の法律関係にはなんらの変更も生じなかつたものといわなければならない。したがつて、上告人がその処分をしても、被上告人が上告人の右の態度に信頼した結果支出した費用につきこれを損害として賠償すべきであるか否かの問題が生じることはあつても、もともと上告人に対して主張できない譲渡担保権についてその侵害があつたものということはできないから、被上告人は上告人に対し譲渡担保権の喪失を損害としてその賠償を請求することはできないものといわなければならない。してみれば、原判決中被上告人の本訴請求を認容した部分は、法令の解釈適用を誤つた違法があることに帰するところ、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、同旨をいう論旨は理由があり、右部分は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実関係のもとにおいては、被上告人の本訴請求が理由のないものであることは、前記説示に照らして明らかである。したがつて、被上告人の請求を棄却した第一審判決は正当であり、被上告人の本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条の規定に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)

上告代理人前波實の上告理由

第一点 本件において原判決は被上告人に対して主張している譲渡担保権を取得していないことを肯認しながら、「太田秋子が本件動産につき所有権を取得することを条件として、それにつき譲渡担保権を取得する地位にあつたということができ、その地位は法的保護に価する利益であるというべきである」として上告人が本件動産を被上告人が担保に取つているのを知りながら訴外大坂甚作に対し売却し引渡したことにより、上告人は本件動産につき条件附で譲渡担保権を取得しうる地位を確定的に喪失させたから損害賠償の責任があると判断した。

而るに右判断は以下の理由により不当で、結局その理由に齟齬あるか、理由不備の違法あるものとして破棄さるべきである。

即ち被上告人が訴外太田秋子との間に締結した本件動産に関する譲渡担保権が上告人に対して主張しえないということは、上告人は右譲渡担保権を無視しうるもの、存在しないものとして処理できることを意味するものであるから、仮に上告人が被上告人の譲渡担保権の存在を認識していたとしてもその存在を無視して本件動産を他に譲渡若くは処分したとしても不法のそしりを受けるべき筋合はないといわねばならない。

更に本件動産の所有権については、原判決は上告人が訴外太田秋子に売買する際に代金の完済までは目的物の所有権を売主に留保する旨の特約が付されていたことを認めており、一方訴外太田が上告人に対し代金の完済をしていないことも認めているのであるから、太田が代金を完済しないため上告人の所有に帰属している本件動産を上告人が処分したとしても被上告人に対する権利を侵害したことにならないし、訴外太田秋子が所有権を喪失している本件動産について、被上告人が譲渡担保権を取得しえないことも明白であるから、上告人が被上告人に対し損害賠償の責任を負担する理由は何ら存しない。

原判決のこの点の判断は前記の通り違法たるを免れず破棄されるべきと思料する。

第二点 〈以下、省略〉

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